風月楼美術館絵巻一覧龍潭重陽宴圖 (りゅうたん ちょうようえん ず)

龍潭重陽宴圖 (りゅうたん ちょうようえん ず)

龍潭重陽宴圖

龍潭とは約600年前に首里城の北に造営された人工池です。
重陽とは五節句の一つで9月9日を指します。
タイトルの「龍潭重陽宴圖」とは、旧暦の重陽節に、中国からの使者「冊封使」をもてなすために、龍潭池で開いた宴の図、ということになります。
中央の龍潭池では爬龍船(はーりー)競争が行われ、賑わう首里の町や、遠くに首里城や那覇港も描かれています。
実際に龍潭で船遊びが行われたという1714年の冊封儀礼の記録を元に描いています。
冊封使とは、中国を盟主とする冊封という体制下にあった琉球へ、明や清から派遣されてくる人々でした。
皇帝の代理として来琉した中国の役人が冊封使(正使と副使の二人)です。
冊封使は多いときには500名余りの随行員を伴って来琉し、半年以上滞在しました。
この冊封使一行の歓待は国を挙げての一大イベントで、滞在中に王府主催の盛大な宴が七回も開かれたといいます(七宴)。
重陽宴は第四宴にあたり、龍潭池での船遊びが中心だったようです。
玉城朝薫によって創作された「組踊り」が初演されたのも、この1719年12月1日の重陽宴だったとか。
ハーリー見物の後、場所を首里城に移して組踊り「二童敵打(にどうてきうち)」等が演じられ、その斬新さと完成度の高さが人々を驚嘆させたといわれています。

拡大図・解説
  • 龍潭池の汀にて冊封使を歓待する琉球国王
  • 首里城下町で爬龍競争を見物する人々
詳細拡大図・関連写真
  • 爬龍(はーりー)競争を見物する人々
  • 冊封使と琉球国王
  • 首里城と円覚寺
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